INTERVIEW:有馬隼人

世界中のプロリーグのお手本になっているNFLドラフトは、ルールの完成度が最も高く、ショーとしても抜群に面白い! ※一部、映画のクライマックスに触れている部分がございます。予めご了承ください。

世界中にはさまざまなスポーツのプロリーグが存在しますが、そのなかでもNFLは運営のシステムやルールが最も整っていて、他のリーグのお手本になっています。1992年にサッカーのJリーグがスタートするにあたっても、当時の川淵三郎チェアマンがNFLを参考にし、現地視察を行ったそうです。

現在、32チームで構成されるNFLは、全体の戦力均衡を保つ戦略に基づいて運営されているため、特定の人気チームが何年にもわたって勝ち続けるのは極めて難しい。前年の優勝チームがまた勝てるとは限らないし、2勝くらいしかできなかった弱小チームがその翌年に5、6倍の勝ち星を挙げることもある。なぜならテレビ放映権や各チームのグッズの収益などをリーグが一元管理し、全チームに分配するシステムが確立されているからです。それに各チームが所属選手に支払う年俸総額の上限を決めたサラリーキャップ制も導入しているので、メジャーリーグのヤンキースやレッドソックス、サッカーのレアル・マドリードのように、一部の裕福なチームが超高給取りのスーパースターを何人も抱えることはできません。NFLでは優れた選手がいろんなチームに分散しているんです。

『ドラフト・デイ』の題材になったNFLドラフトも戦力均衡の理念に基づいていて、他のプロリーグのそれと比較して最も完成度の高い制度になっています。前年に弱かったチームから順に新人選手を指名していく完全ウェーバー方式を採用しているので、成績が悪かったチームは翌年のドラフトで必ずいい選手が獲れる仕組みになっている。弱小チームに大学ナンバーワンの新人が加入して戦力がアップすれば、一時離れたファンもスタジアムに戻ってきますよね。NFLの人気が長く安定的に持続し、毎年どのチームが優勝するかわからないドキドキ感が生まれる背景には、このドラフト制度がきちんと機能している点が大きいんです。

ドラフトの主役は前年の最下位チームです。彼らは“全体1位”の指名権を持っているので、毎年4月に行われるドラフトの時期が近づくと、「いったい誰を獲るんだ?」と全米の注目を集めるんです。だからシーズンの後半になっても成績がパッとしないチームのファンは、翌年の全体1位を得るために「いっそのこと最下位になったほうがいい」なんて考えたりもする。それはそれでひとつの楽しみ方ですよね。

NFLドラフトには“指名権トレード”という多くの日本人には馴染みのないルールがあります。映画ではケヴィン・コスナー扮するクリーブランド・ブラウンズのGM、サニーが、シアトル・シーホークスから“今年の全体1位”と“来年以降3年分の1巡”の指名権のトレードを申し込まれます。これほど極端な例は珍しいかもしれませんが、“全体1位”と“来年の1巡と2巡+再来年の2巡”をトレードするような話はよくあるし、指名権と現役選手をセットにして交換するパターンもあります。映画ではシーホークスが全体1位を持っている設定になっていますが、だからといって彼らが前年の最下位だったとは限りません。過去のトレードで1巡の指名権をシーホークスに譲ったチームが、たまたま前年の最下位になって全体1位が転がり込んできた可能性もあるんです。

また、これも映画で描かれているように、ドラフト会議には10分間の指名タイムが設けられています。各チームのGMなどの首脳陣はウォールーム(作戦司令室)にこもって、ドラフト会議の真っ最中にも必死に闘っているんです。どのチームがどの新人を指名するかによってめまぐるしく状況が変化し、次の指名順のチームは10分間のうちに戦略を練り直したり、他チームのGMと電話でトレードの交渉をしたりする。滅多にないことですが、過去にはさんざん迷っている間にタイムリミットが過ぎてしまい、誰も指名できなかったチームもあります(笑)。映画では全体1位での指名が予想されていたボー・キャラハンというクォーターバックの有力選手がなかなか指名されず、ジャクソンビル・ジャガーズの新米GMがあたふたしてしまい、主人公サニーが駆け引きを仕掛けるという展開になっていましたね。

ちなみにサニー率いるブラウンズの地元クリーブランドは、フットボール以外の娯楽がほとんどない街という描かれ方をしていますが、実際とてもフットボール熱が高い地域です。チームが何度負けても、いつか勝つ日を待ちわびて応援を続けるという文化がある。またアメリカではNFL以上にカレッジリーグの人気が根強くて、山と湖だけの田舎町に驚くほど大きな大学チームのスタジアムがあったりします。試合当日になると、「いったい、どこからこんなに人がわき出してくるんだ!?」というくらい大勢の人たちが会場に押し寄せてくる。長い歴史を重ねながら、地元チームを応援する意識がしっかりと地域に根づいているんですね。この映画では、そんなアメリカのスポーツ文化の一面を垣間見ることもできると思います。

ドラフトに話を戻すと、毎年ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開催されるこの会議は、完全な“ショー”としてのエンターテインメント性が高く、物凄い視聴率を叩き出しています。テレビ中継ではグリーンルーム(指名を待つ選手たちの控え室)の内部や、そこに来られなかった選手の学校や自宅の様子を伝え、各チームのウォールームにも定点カメラが設置されます。アナウンサーがその映像を見ながら「どこどこのGMがソワソワしてますね」とか「どこかに電話をかけているようです」などと実況したりするわけです(笑)。見方によっては、若い選手の人生をゲームのようにトレードして売買するのはケシカランという意見もあるかもしれませんが、指名されたらそのチームに入団するしかないルールが確立されているので、ファンからの批判の声はほとんど聞かれません。むしろ彼らが日本のプロ野球におけるドラフトのシステムを知ったら、「くじ引きで決めるとは何たること」と思うかもしれません。

過去のNFLドラフトでは実際にさまざまなドラマが生まれていて、初めて大々的にこのドラフトを扱った『ドラフト・デイ』は本当に起こりうるストーリーを巧みな演出で見せています。アメフト・ファンの胸にガツンと響く作品になっているし、スポーツ・ビジネスの裏側を描いた『ザ・エージェント』『マネーボール』のような映画が好きな人にとっても興味深い作品だと思います。そもそも、このような緻密かつ複雑でショーアップされたドラフトによってプロリーグが運営されていると知ったら、誰もがびっくりするはずです。そのリアルな世界を描き上げたこの映画を、ぜひ楽しんでほしいですね。

有馬隼人(ありま・はやと)

広島県生まれ。
大阪府立箕面高校でアメリカンフットボールを始め、関西学院大学では2度の学生日本一に貢献。
1999年には年間MVPを獲得。卒業後はTBSにアナウンサーとして入社。
2004年に退職し、日本社会人アメリカンフットボールリーグに選手として復帰。
「アサヒビール  シルバースター」などで活躍後、2012年シーズンをもって現役引退。
現在は同チームでオフェンスコーディネーターを務める。
2005・2006年、アリーナフットボール日本選抜メンバー。
2007年、ワールドカップ日本代表候補。